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目を閉じれば丸ノ内線があればいい。目を閉じれば丸ノ内線がある世界以外は受け入れられない。

引き裂くや切り裂くやらそのようなものが好きだ。

それらは決して形而下での暴力を指すのではなくて、また、精神的な作用のことでもなくて。あるだろう。あるんだよ。口を閉ざしていても金切り声をあげる瞬間が。体が慄く衝動が。

正論を身の拠り所にするどっかの馬鹿の、その退屈な精神性が、別のどっかの馬鹿を共鳴させていくんだな、きっと。もう少しゆがんだほうがいい。ゆがんだ家に住み、ゆがんだ飯を食い、ゆがんだ音楽を聴く。何のためでもないよ。何のツールでもない。ただ、ゆがんでるだけ。


スーサイド・ロックンロール・バンプ・ディープサイケ・3つ頭の蛇がそれぞれの尾を喰らいあうような
主観・主語・主体・生易しい墓碑銘・一文字の戒名
セックス・アンド・ザ・シティに感化されてメーガン・トレーナーの歌に聞きほれる女なんてまっぴらだし、君はひとりじゃないといった類いの慰めの暴力性、脅迫性、束縛性に気が付かない鈍感な人間は鈍感な仲間たちとの集団自殺がお似合いだ。むしろ恐らくは、完全にひとりで生きることが可能だったならこの世の苦難苦悩も減るだろう。連中は正義の側に立ってそのような戯言をほざいているつもりなのであろうが、ちゃんちゃら可笑しい。確かにひとりであるつらさというのはあるだろう。しかしそれと同時にひとりでないが故に感ずる苦痛だって立派に存在している。そこを考慮せずに平然と、若しくは得意げに君はひとりじゃないと言い放てる厚顔無恥な神経こそ断罪されるべきはなかろうか。私は暴力も脅迫も束縛も否定しない。許せないのは優しげな微笑を浮かべた悪気の無さなのだ。
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